つんくさんは嫁に一目惚れして猛アピールで一緒になりました。
声の出ない今は子どもと共に彼女は彼の支えになっています。
以前歌われた浜崎あゆみさんとのデュエット、素敵でした・・

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つんく(つんく)さんプロフィール

目次

本名:寺田光男
生年月日:1968年10月29日
出身地:大阪府東大阪市出身
身長:170cm
最終学歴:近畿大学商経学部卒
所属:TNX株式会社

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シャ乱Qでデビューのつんくさんは、バンドデビューなのに、
関西人らしいトークで一時期バラエティでも人気でしたね。
吉本興業の芸人さんとも仲が良いのもよく知られています。

出発は自身のバンド活動から始まった音楽の世界ですが、
バンド活動をおこなううちにプロデュースへも魅力を感じ、
今では名プロデューサーとして大変に有名になりました。

 

様々なアイドルをプロデュースしてきたことで有名ですが、
つんくさん自身はアイドルを作ろうと思ってはいないそうです。
アイドルとは見ている人が決めるものなのだそうですよ。

現在では実業家として、TNX株式会社の代表取締役社長に就任し、
総合エンターテインメントプロデューサーとしても活躍、更に
プロデューサーとしての幅が広がっているつんくさんであります。

 

2007年に歌手として一番大切な喉に原因不明の病を抱えていることを
告白したつんくさんですが、2014年に癌を告白、寛解と再発を繰り返し、
大きな手術もされました。手術後は様々な形で仕事を再開されています。

大阪府立かわち野高等学校の校歌、東大阪市のイメージソング、
大阪バスのイメージソングも作曲しており、2016年は東大阪の
中学校の校歌を制作していて、J-POPのような校歌と評判です。

 

一目惚れで「嫁」にしました

福岡のローカルテレビ「ももち浜ストア」でレポーターをしていた
出光加奈子さんを見て一目惚れしたつんくさん。早速友人である
博多華丸さんにお見合いという古風(?)な形でアプローチ開始。

東京と福岡という遠距離恋愛から交際1年で結婚、嫁となった加奈子さんは
双子の長男・長女、次女を出産し、幸せな結婚生活を送られています。
夫も子どもも両方から喜ばれる素晴らしい料理の腕をお持ちだとか。

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そんな良妻賢母の嫁に感謝をしているのか2012年には子どもと一緒に
ハワイで2度目の結婚式もあげたそうです。子どもが生まれてからも
そんな素敵な気配りをされたら嫁として最高に幸せですよね。

3人の子どもにも恵まれ幸せいっぱいでしたが2014年喉頭癌が夫の
つんくさんに見つかります。医者からの宣告時、嫁の加奈子さんの手は、
震えていたそうです。衝撃はかなり大変なものだったと思います。

 

しかし闘病中はつんくさんをしっかりと支え、嫁として大変に献身的な
看護を受けたと「だから、生きる。」という著書の中でつんくさんは
感謝を表しています。嫁の支えがあればこその生還と言えるでしょう。

大事な声を失ったものの、生きることを選べたのは嫁の献身的な愛情の
お陰です。寝る間も惜しみ治療の情報収集をし、支えてくれる献身的な
嫁の姿は、如何に心強く、如何に心を癒してくれたか計り知れません。

 

手術をすれば、声が出なくなる。歌の世界で生きてきたつんくさんに
これほど過酷な宣告は無かったと思います。手術前最後に口にしたのは
嫁の名前でした。本当は何万回も呼べるはずだった嫁の名前です。

どんな思いでつんくさんは言い、嫁は聞いていたでしょう。泣きながら
聞いたつんくさんが呼ぶ自分の名前が最後の声であると切なく感じながら
夫の愛と、生きたい、という心の叫びを感じていたことだと思います。

 

新しい「声」獲得に向け

声帯を摘出し声の出なくなったつんくさんの意思疎通は、タブレットの
端末で行っています。NHKなどの番組でその姿を放映していました。
その彼が声を取り戻すために動きを見せています。新しい声の獲得です。

「次世代に歌い継ぐ子守唄プロジェクト」でつんくさんに仕事を依頼した
作詞家の湯川れい子さんが、打ち合わせの時のつんくさんの近況を証言、
訓練のお陰か少しではあるものの、声が聴きとれた、とのことです。

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つんくさんの訓練方法は、声帯の代わりに食道の一部を振動させる、
「食道発声法」だそうで、今も続けているそうです。その成果が、
今回の打ち合わせで現れてきた、ということなのでしょう。

まだ全部は聞き取れるというより感じ取る、ということなので、
発声には時間がかかりそうですが、新しい声は同じ病気の方への
エールにもなります。新たな声の出る日を楽しみに待っています。

 

目に入れても痛くない「子ども」

つんくさんは大変な子煩悩で、3人の子どもへの溺愛ぶりは有名です。
Eテレの人気幼児番組「みいつけた!」などの子ども向け楽曲が数多いのは
子ども達を喜ばせたいからで、良いパパぶりが伝わってきます。

子どもなら知っている歌を演奏すると「パパすご〜い」と言われて、
喜んでいたそうです。ブログも子どもの様子が多かったのですが、
宝物の為、顔も名前も非公開、これぞ掌中の珠といったところです。

 

そんな大事な子ども達にとってパパの声が聞こえなくなったことは、
どんなに辛い事か。しかし流石につんくさんの子ども達、驚異的な
能力を発し、つんくさんとの意思疎通を取れるようになりました。

長男と長女は、安全の為持たせた携帯電話のメールで会話をし、
次女はまだ言葉を読まないような年頃なのにパパとの会話を
したいと、ひらがなが読めるようにまでなったというのです。

 

 

声が出なくなり一時は絶望の淵にたったであろうつんくさんに
子ども達との「筆談」はどれだけの励ましになったことでしょう。
訓練で声を取り戻す意欲をどれだけ後押ししてくれたことか。

けなげで知性の高そうな子ども達に会ってみたくなりますね。
そう思っている方も多いのでしょうか。これは彼の子どもでは、
ないかと騒がれる映像が出てきました。天才少女と言われてます。

 

3DS向けのソフト内での軽快なダンスと流暢な英語の歌がネイティブ顔負けと
絶賛、天才少女と騒がれてます。詳しい説明などもなく「Hotzmic」という
名前しか出ていない部分も様々な想像をかきたて子ども説を強くしています。

掌中の珠なのか顔はハッキリと映さず、影を落とし、シルエットだけの
対応です。つんくさんの子どもはインターナショナルに通われていると
噂があるので、流暢な英語が一層「つんくの子ども」説を強めます。

 

「Hotzmic」という名前も本名からきているのでは、と言われています。
「katzmic」という名前のつんくさんの次女と同じくらいの年頃の子も
出演されているのが更に彼の子ども説を強くしているようです。

 

「浜崎あゆみ」さんとのデュエット

つんくさんと浜崎あゆみさんがセットで検索されることがあるので、
嫁と同じ福岡モデル出身だからかな、と思いましたが。驚きました?
そう浜崎あゆみさんは最初は歌姫ではなくキッズモデルだったんです。

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又は楽曲提供からの検索?と思いましたが浜崎あゆみとつんくさんは、
以前デュエットをしていたんですね。「LOVE since1999」という曲です。
オリジナルよりも好きな曲であるとあげる人がかなり多いようです。

 

この曲オリジナルは「Destiny」、デュエットは「since1999」で、
同じ曲なのにアレンジで随分イメージが違うと言われてます。
浜崎あゆみさんとつんくさんとの声の相性が素晴らしいそうです。

この曲は浜崎あゆみさんにとってもつんくさんにとっても
オリコンシングルチャートで初登場1位を記録したそうです。
いつかまたデュエットが実現すれば良いのですが・・

 

音楽プロデューサーとして確固たる地位を築いたと思われていた
つんくさんを襲った病魔は大変なものでありました。しかし、
家族の支えで閉ざされたかに見えた未来に、再び光は灯ったのです。

家族愛も郷土愛も強いつんくさんにはこれからも色々と活躍を
して欲しいです。新しい声を獲得した時、つんくさんはどんな
活躍を見せてくれるのでしょう。早くその日が来て欲しいです。

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