世界中を飛び回る佐野俊二さんの
プロフィールを知りたい人が続出中!!
家族子供との関わり方、考え方も違っていた!!
漫画ジパングの佐野さんもぜひ知って頂きたいので徹底調査!

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佐野俊二(さのしゅんじ)プロフィール

目次

本名:佐野俊二
出身地:広島県
職業:岡山大学病院(心臓血管外科長)
趣味:スポーツ観戦、釣り
座右の銘:有言実行

 

佐野さんのプロフィールを知ろう!

上記の基本プロフィールに加えて、佐野俊二さんが歩んだ経緯や
なぜ医師の仕事を選んだのか、名高い医師になるまでの
経験と実績も踏まえてより詳しいプロフィールをご紹介!

佐野さんは岡山大学の医学部で大学院を卒業後、
臨床研修としてオーストラリアとニュージーランドで
学びを深めます。

 

メルボルン大学36歳になった佐野さんは日本人初の準教授になり、
帰国後の41歳時には岡山大学心臓血管外科教授就任しました。

佐野さんが準教授や教授に抜擢されたのは
常に難病治療の方法や見方を変えたりと医療に対する姿勢、
黙々と取り組める努力の人である証拠ですよね。

小児を対象とした心筋再生医療の成功は世界初!!
左心低形成症候群に対するSano手術の開発など
当初は手を付けられない病状でも立ち向かい
数々の新しい治療を開発し、発表していました。

 

さらに、佐野さんは3 割程度とされていた生存率
(先天性心疾患/左心低形成症候群)を
一気に9 割にまで引き上げた立役者としても有名な医師です。

世界からも注目されている佐野さんですが
決して過去の業績にしがみつくこともなく、
60代になった現在でも現場に立ち続け、常に先頭を走り続ける。
技術向上や医療の発展に勤める唯一の流儀は顕在しているのです。

 

なぜ医師を目指したのかプロフィールとしては
あまり知られていない佐野さんの過去を掘り下げていきます。

佐野さんが小学4年時、左肘を複雑骨折してしまい、
田舎にある町立病院で緊急手術を受けました。

骨折の状態は非常に困難な状態であり、
担当医師から手が動かなくなる可能性もあることを告げられますが
3か月間のリハビリで普段通り手は動くようになりました。

 

この時の経験が低学年ながらに医者でも腕が違うと感じ、
自身も腕の良い医師になりたいと強く思ったのだとか!

医師になった当初は岡山大学第2外科に入り、
佐野さんが担当したのは何度も入退院を繰り返している
癌患者で辛い抗がん剤治療も頑張る一人の女性でした。

最後は呼吸ができなくなり、亡くなってしまったのですが、
佐野俊二先生を信じて立ち向かっていたことを後に聞き、
癌医師として、自分の無力さに苦しみ、悩み、
腕を磨けば救うことのできる心臓外科医へと踏み出したのです。

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佐野さんと子供達、家族との関係性

現在、他病院で手術が難しいと伝えられた子供達が
佐野医師を求めて、全国から集まって来ています。

佐野医師は小さな子供のどんなに難しいとされる
手術であっても絶対に断ることはしません。
もちろん病気の進行状態により、手術をできない場合もあります。
しかし最後の最後まで向き合い、
助けられる手段を探り続ける医師です。

佐野医師が現役で立ち続ける手術室には
最新機材はもちろん、壁には後楽園や四季の写真を飾り、
自身が最良と言える環境を整えています。

主治医という医師本来の姿に捕らわれず、考え方を変えます。
患者への医療サービス提供は、チーム全員で果たすべき!!

 

主治医が居なければ、指示を出さなけらば何も動かないのは、
非効率であり、医療としては無意味なことであると考え、
術前のインフォームドコンセントは平日のみ、
医師に週末休みをしっかり取らせること。
そして、患者の家族がいつでもICUに入ることを許可しました。

 

他病院に手術をしに行くことも多い佐野医師。
聴診器や手術道具、拡大鏡など、場所を問わず手術ができるよう、
使い慣れている道具を鞄に常備しているのです。

他にもカバンの中には聴診器にぶら下がる小さなぬいぐるみなど
診察時に、短時間で正しい診断を見極めるためにも、
子供を飽きさせず気を引くためにも定期的に交換をし、
欲しがる子供にはすぐに上げてしまう一面もあります。

子供の小さすぎる心臓を扱う佐野医師。
一般の人ではとても怖いし、考えられないミリ単位の
細い血管を縫い合わせる必要があるので
すべてオーダーメイドの拡大鏡を自費で購入していますよ。

 

子供が難病と戦うために、手術を成功させるために、
家族の協力や存在は必要不可欠であり、
家族への病状説明も全て若い医師には頼らず自ら顔を出し、
コミュニケーションも計る。

貫禄と長年の経験がありながらこれほど身近に感じられ、
一緒に戦てくれる親切な医師が他にいるだろうか。

 

佐野俊二さんが漫画のストーリーに!?

小児心臓外科医のゴッドハンドとも言われている
佐野俊二さんが歩んできた道をストーリにした“未来への砦”
漫画として世に出たことがあるのです!!

世界に目を向けると、生まれながら重い病を背負い
誕生する新しい命が沢山あることを知って頂きたい。
100人に1人の割合とされる先天性心疾患の中には、
生まれてすぐにでも手術を必要とする子供もいます。

しかし、誕生後のピンポン玉ほどしかない赤ちゃんの心臓は
手術をするにも難易度が非常に高いのは分かりますよね。
どんなにベテランの医師でも嫌がるであろう
こんな心臓手術を得意としている腕の良い世界的名医がいる。

その医師の名前こそ佐野俊二さん。
彼のモットーは逃げない、諦めない、ごまかさない、断らない。
優秀な医師の元で修業し、経験を積んだ佐野さんは
世界中の信頼を得る医師となり、日本が世界に誇れる
小児心臓外科医の半生を描いています。

漫画、未来への砦は第20話完結を終え、
現在ネット上でも公開されていますよ!
まさに天才と言いたいが、佐野医師の努力や執念が感じられ
漫画の主人公が本当に存在するのか疑ってしまう程ですね。

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佐野俊二さんがジパング出演!?

テレビ番組、日経スペシャル未来世紀ジパング
?沸騰現場の経済学?(経済ドキュメンタリー番組)
略称はジパングとも言われており、日本の最新経済事情が
分かる現場を取材して、世界各地の政治経済または
社会情勢と比較しながら分かりやすく伝える番組があります。

2017年7月17日ジパング放送にて、
世界を救う!と題し、日本の医療に密着しますが
生後3カ月の赤ちゃんを手術する
小児心臓外科医、佐野俊二さんが取り上げられますよ!!

 

アメリカとロシアで幼い子供の命を救うため立ち向かう医師に取材。
ロシア:7歳の少年、頭には約2センチの動脈瘤
医師の技術を遥かに超えた想像を絶する手術で救う!!

定年を迎える前に自身でアメリカに渡った佐野俊二さん。
彼は64歳でアメリカ・サンフランシスコの病院に移りました。

まだまだ自分には救える命があると
大きな決断とも思えますが佐野医師を待つ患者さんは多く、
年間で150件以上の手術をする予定があると話しています。

 

ジパング内では佐野医師を頼りに、心臓に3か所も穴が空いている
生後3カ月の赤ちゃんと向き合います。

手術には相当な準備が必要なことも、
手術時間が長くなることも、親の気が気じゃない心情も
想像で分かってしまうくらい辛い状況に、
佐野俊二医師はどう戦うのか、目が離せませんよ!!

 

まとめ

日本の医療はまだまだ進化の途中であり、
外国に行けば手術ができると言われる病気も沢山あります。
しかし、佐野医師は世界からも注目され、
求められている人材であり、日本の誇りですよね。

小さな心臓を守り続け、家族をも守ってくれる佐野さんに
たとえ医師を引退されたとしても、日本の未来を
いつまでも最善で作り続けていってほしいと思います。

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